鈴木孝幸は育児放棄されていた!生い立ちを紹介!祖母が里親だった!

東京五輪

東京パラリンピック代表の鈴木孝幸選手!

100メートル自由形で見事金メダルを獲得した鈴木孝幸選手ですが、生い立ちは壮絶なものでした。

両手両足に障害を持って生まれた孝幸選手の様子を見て、両親が育児放棄してしまったのです。

そして祖母が里親として鈴木孝幸選手を育てています。

というわけで今回は、鈴木孝幸選手の生い立ちについて紹介していきます。

記事内容はこちら!

記事内容
  • 鈴木孝幸は育児放棄されていた。
  • 鈴木孝幸の生い立ちは?
  • 祖母が里親として育てていた。
  • 鈴木孝幸のプロフィール

それでは見ていきましょう。

鈴木孝幸は育児放棄されていた!

東京パラリンピックで金メダルを取得した鈴木孝幸選手。

鈴木孝幸選手は生まれた時から両手両足に障害を持って生まれてきています。

そんな孝幸選手の姿にショックを受けた孝幸選手のご両親は、祖母の小松洋さんに孝幸さんを預けたきりどこかに姿を消してしまったのです。

事実上の育児放棄です。両親がいなくなった頃、孝幸選手は生まれたばかりですので記憶はないですが、このことを知ったときのショックは測りきれないものがありますよね、。

そこから孝幸選手は祖母と暮らすことになります。

鈴木孝幸の生い立ちを紹介!

両親に育児放棄をされ、祖母と暮らすことになった鈴木孝幸選手はどのような過程を持って金メダリストになっていったのでしょうか?

鈴木孝幸選手の生い立ちを紹介していきます。

鈴木孝幸の祖母が里親だった!

こちらが鈴木孝幸選手を里親として育ててくれた祖母・小松洋さんです。

小松洋さんは母方の祖母になるのですが、当時は保育園の園長として働いておりました。

孝幸選手のことを我が子として育てると決めた小松さんは、孝幸さんを普通の学校に送るために

孝幸さんのために取得
  • 普通自動車免許

おばあちゃんになってから自動車の免許を取得したのです。

そこから祖母・小松さんが孝幸さんを一生懸命に育てて

孝幸選手の経歴
  • 聖隷クリストファー高校
  • 早稲田大学教育学部

地元静岡県の学校から東京で1人暮らしできるまで自立させています。もちろん孝幸さんの努力もあってですが、大きなハンデを背負いながらも大きく成長しました。

そして在学中に北京パラリンピックに出場し50メートル平泳ぎで、見事金メダルを獲得しています。

祖母はなぜ里親として育てたの?

祖母の小松さんは鈴木孝幸選手を養子ではなく、あえて里親として育てました。

祖母が里親として育てた理由ですが

里親にした理由
  • おばあちゃんがいなくなっても将来自立して生きていけるようにあえて違う性で育てた。

このようにドキュメンタリー番組で語っておりました。

20歳を迎えて里親制度を終了していますが、祖母・小松さんの目論見通り、鈴木孝幸選手は立派に育っています。

鈴木孝幸のプロフィール!

早稲田大学を卒業してからは「株式会社ゴールドウィン」に就職を果たしております。

現在はゴールドウィンの中でも競泳水着のブランド「スピード」の事業部で働いております!自身の行う競技の用品部本で働いているのは非常に素敵ですよね!

そんな鈴木孝幸選手のプロフィールですが

名前鈴木孝幸(すずきたかゆき)
年齢34歳
生年月日1987年1月23日
出身地静岡県浜松市

このようになっています。