松浦慶斗の父親は甲子園球児だった!従兄弟は古谷優人でプロ野球選手!

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春の甲子園出場が決まり、今大会注目選手である大阪桐蔭高校の松浦慶斗投手。

最速150キロを投げる左腕として本当に活躍が楽しみです!

そんな松浦慶斗投手の父親がどんな方か気になったので調べると、甲子園球児だったことが判明。

今回は、松浦慶斗投手の父親について紹介していきます!

松浦慶斗の父親は甲子園球児だった!

松浦慶斗の父親を紹介
出典:Yahoo

松浦慶斗投手の父親は、松浦吉仁(まつうらよしと)さん。

現在49歳となります。

松浦吉仁さんは、北海道の強豪高校の北海高校外野手として甲子園に2回出場しています!

  • 1988年(60回大会) 春の甲子園大会(3回戦敗退)
  • 1989年(71回大会) 夏の甲子園大会(初戦敗退)

60回大会では、宇都宮学園に6-2で敗退しており、夏の71回大会では山口県の桜ヶ丘高校に6-2で破れておりました。

それでも甲子園に2年連続で出場しているのは本当に素晴らしいことですね。

松浦慶斗投手も「父の甲子園2回出場を超えたい!」と意気込んでいるようです!

北海高校で甲子園に出場していますが、実際に出身地はどこかは判明しておりません。

松浦慶斗の父親は社会人リーグで活躍!

出典:Twitter

松浦慶斗投手の父親は、高校卒業後は社会人リーグで野球をしています。

山陽国策パルプ旭川の硬式野球部でプレーをしていました。

現在の日本製紙株式会社の旭川工場ですね。1992年に創部以来初めて、社会人野球日本選手権大会に出場しています。いわゆる社会人リーグの全国大会です。

1992年ですので、松浦慶斗投手の父親も入社して3年目ぐらいなので出場していた可能性は非常に高いのではないでしょうか。

しかしチームは2000年に廃部となり、日本製紙石巻に統合される形となりました。

おそらく統廃合の時に、松浦慶斗投手の父親は石巻に引っ越していると考えられます。

松浦慶斗投手は、石巻市で生まれ、石巻市の少年野球チームである「門小ガッツ」でプレーしています。

その後、松浦慶斗投手小学校2年生の時に、北海道旭川市に転勤で引っ越しをしていますね。

松浦慶斗の父親は、現在社会人野球の監督?

出典:strike web

松浦慶斗投手の父親は、旭川市の少年野球チームである新富野球少年団の監督を務めているのではないかと思われます。

新富野球少年団のヘッドコーチの名前に「松浦吉仁」の名前がございました。(参照:新富野球少年団

松浦慶斗投手が、石巻から引っ越してきてから所属していたチームとなります。そのため旭川市に住んでいる可能性は高く、しかも同姓同名ですので、ほぼ間違いないと言っても良いですね。

旭川市で少年野球の監督をする前のお仕事ですが

高校を卒業後、日本製紙株式会社の旭川工場で働き、宮城県石巻市に移動してからは、おそらく日本製紙株式会社の石巻工場で働いております。

選手を引退してからは、日本製紙石巻硬式野球部の監督を務めていたことがわかっています。(参照:石巻Days

そして旭川市に移動してからは、少年野球チームの監督ですね!!!

松浦慶斗の従兄弟は古谷優人でプロ野球選手!

出典:トレンド猛勉強

実は、松浦慶斗投手のいとこは、プロ野球選手の古谷優人選手だったんです!!

松浦慶斗投手のお母さんである美雅(みか)妹、古谷理江さんの次男が古谷優人選手でした。

古谷優人選手は、江陵高校で野球をしており、甲子園には出場していないものの、2016年の夏に北海道大会で江陵高校初のベスト4に導いております。

そして2016年にドラフト2位指名で「福岡ソフトバンクホークス」に入団。

高校生の時にMAX154キロを記録し、プロ野球でも非公式ながらもMAX160キロを投げています。日本プロ野球の中でも一番早い左腕となっています。

従兄弟同士でとんでもないスピードの球を投げるんですね。

小学生の時に、親戚の集まりなどでよくキャッチボールをしていたそうで、松浦慶斗投手は少しアドバイスなどを受けていたみたいですね。

数年後、プロ野球で競い合う従兄弟として話題になりそうで楽しみです!!